不幸のからくりⅧ

人類の不幸

 

子供がオモチャを取り合ってケンカをするのは、仕方がありません。

子供だからです。

 

子供は成長過程で様々な社会のルールや、人としての道理や美徳などを学んでゆくものだからです。

 

人間、一個人に成長過程があるように、、、

人間全体(人類)にも成長過程があります。

人類歴史は、その成長記録と言っても良いでしょう。

 

人類は、、、

確かに成長してきているのでしょう。

目に見える形で、色々なものが進化発展してきています。

しかし、、、

争い(戦争)は未だに尽きていません。

 

ということは、、、

人類は、今現在、、、

稚気を拭えてはいない、、、ということです。

 

かつて、、、

マルクスは、共産主義こそが、人類が辿り着く最終的な理想社会であると説きました。

しかし、、、

共産主義は、究極の支配主義であったことを立証しただけでした。

 

資本主義は、所詮は資本(カネ)というパワー万能主義に過ぎません。

人材、不動産、利権、シェアなど、、、(目に見えるもの)の奪い合いの原理で動いているのです。

 

民主主義は、大人のいない学級会と同じです。

世界平和は、パワーバランスで保たれている、、、というのが現実です。

 

中国は、今でも、共産主義による世界制覇を目指しています。

アメリカは、自由と民主主義、法治主義を旗印に世界の覇権を守り続けようとしています。

 

自由と民主主義、法治主義は良いけれども、、、、

アメリカが世界の覇権を可能にしているのは、実際のところ経済力と軍事力です。

 

つまり、、、

今、現実の世界を動かしているのは、主義や思想ではなく、、、力の理論なのです。

 

これは、、、

ジャイアンが力でのび太たちクラスメートを従わせる子供のパワーバランスと基本的に変わるものがありません。

そして、、、

そう考えると、私たち日本人は、ジャイアンに媚びるスネ夫、、、

といったところでしょうか、、、?

 

人類の不幸はどこにあるのか、、、?

話をまとめてみましょう。

 

自由と民主主義、法治主義は良いことだ、、、、

共産主義のいう平等思想も、一概に悪いとは言えない、、、

ということは、、、

 

問題は、、、

自由といっても、その自由を守る責任感がなく、

民主といっても、他人の事情を配慮するだけの思いやりもなく、

法治といっても、そもそも正義を守る自覚が乏しい、、、。

平等といっても、自分の欲得を抑えるだけの自制心もない。

という、、、人間の内側にあります。

 

つまり、、、

世界の不幸は、主義思想のせいではない、、、、

私たち一人一人の甘え(稚気)にある、、、ということです。