悪の定義
不幸の原因は錯覚にある。
不幸になりたくなければこの錯覚を無くせばよい。
そこで、今回のテーマは「悪」についてである。
「正直者が馬鹿を見る」という言葉がある。
裏を返せば、悪賢い者が横行しているということだ。
世の中どうしてそのようになっているのか?
その真相を探ってみたい。
悪が根絶されない理由
悪が根絶されない理由の一つは、悪とは何か?が曖昧であることにある。
『ウィキペディア』には、「悪(あく)とは、文化や宗教によって定義が異なるものの、概ね人道に外れた行いや、それに関連する有害なものを指す概念である。」とある。
これでは、悪に対して明確なイメージを持ちようがない。
何処を探しても同様だ。悪とは何か?の問いに明確な回答を与えるものは見当たらない。
それと、もう一つ。
悪が「自分の外にある」と漠然と思っていることだ。
つまり、錯覚している。
曖昧な、自分の外の出来事に対して、真剣に向き合う人などはいない、、、。
それで、悪は野放しにされている。
悪の定義
悪という字は亜の下に心と書く。
亜の心、つまり偽りの心ということだ。
悪とは何か?を一言で定義するならば、自分の中にある「偽りの心」である。
「偽りの心」とは、自分のようであって自分ではない思いのことだ。
例えば、見栄を張る自分、欲に目が眩んでいる自分、色情に浮かれる自分、いい気になっている自分、肩書きを自分と思っている自分、権力に振り回される自分、つまらないことにクヨクヨしている自分、、、などである。
よく考えてみれば分かることだが、これらは本当の自分ではない。
何かに(本当の自分が)囚われて「自分を見失っている」だけである。
つまり、「偽りの心」に自分が動かされている状態である。
想像して欲しい。本当の自分が何処かに押しのけられて、偽物の自分が自分の中ので主(あるじ)のようにしてのさばっている姿を。
偽者が本物に取って代わることを悪という。
それが、私たちの中で起こる。
これが、悪の本質だ。
だからもし、あなたが「本当の自分を見失っている」と感じたら気を付けたほうが良い。
「偽りの心」は、あなたを不幸に導くことしかしないからだ。