歴史と人間の選択

f:id:seiryuu2013:20200918204601p:plain「歴史と人間の選択、、、について話します。」 

 

もしあなたが、誰かに飼われている猫であるとしたら、、、、

あなたは、自由を求めてその家をでることも可能でしょう。

 

しかし、その瞬間、、、飼い主に媚びを売らずに済む代わりに、自分でネズミを捕らなければ生きてゆけない運命が待ち受けています。

 

果して、、、、

あなたは、険しい自由を望むのか?それとも束縛の中にある安楽を望むのか?

 

これは、、、人類歴史を左右してきた人間の究極の選択、、、の例えです。

 

つまり、、、

その究極の選択とは、自由(自立)か?それとも金(依存)か?です。

 

ここで言う自由とは、神の造った大自然の摂理と完全に調和した境地というようなものです。

人間の金や権力の支配、束縛など、、、大自然の法則から外れた人為的な影響を精神的にも肉体的にも一切受けることがない立場のことです。

 

恐らく、それは人類が未だかつて到達したことがない世界です。

 

特に文明と名の付く社会構造の中で私たちほとんどの人間は、権力者の支配や束縛という囲いの外にある自由など経験したことがないのです。

 

しかし、、、

人間の習性とはおかしなもので、歪な関係性の中にも長いこと住み続けるとそれがむしろ居心地の良いものに変わってしまうものなのでしょう。

 

それは、主人に媚びてエサを貰うことに慣れてしまった飼い猫が、自分からネズミを捕りにいかなくなるのと似ています。

 

しかし、、、

それに異を唱える者が、歴史の節々に登場します。

「人間は卑屈に生きてはいけない!人間は、元々神から与えられた性質はそんなちっぽけな囲いの中で生きるようできていない!」と言うわけです。

 

モーセの時代

エジプトで奴隷生活を余儀なくされているイスラエル民族を、神が与えた自由な新天地カナンに導こうとしたのがモーセでありました。

 

この時モーセを通してイスラエル民族に突きつけられた問いは、、、

カナンにある自由(自立)か?それともエジプトの生活(奴隷)か?でした。

 

エスキリストの時代

腐敗した宗教組織のなかで、神の名を語り私腹を肥やす律法学者やパリサイ人があり、その権力支配のもとにイスラエル民族がありました。

エスキリストは、神のみが主であると説き、イスラエル民族を理不尽な支配構造の中から解放しようとしました。

この時イスラエル民族に突きつけられた問いは、

神(自由)か?それとも富(権力支配の下)か?です。

 

このような選択は、私たち個人においても、、、、

常に起こり得ることです。

 

例えば、、、

会社の不正を見たとき、、、

真実(心の自由)か自己保身(金)か、、、を突き付けられます。

 

子供の社会でもそうです。

いじめを目撃した時、、、

真実(とめる)か自己保身(見て見ぬふり)か、、、の選択になります。

 

恐らく、そのような人間の瞬時の選択が歴史の分岐点となり、歴史を動かしてきたのでしょう。

 

歴史の真髄は自由か金か、、、?

   歴史の真髄は自由か金か、、、?

 

旧約聖書出エジプト記に、、、

モーセがエジプトで奴隷にされていたイスラエル民族を救い出す話あります。

 

モーセは、イスラエル民族を率いて神との約束の地であるカナンへ向けてエジプトからの脱出を計ります。

しかし、エジプトの王はそれを阻止しようと軍を送ります。

モーセは、追随してくるエジプト軍を紅海を割って振り切り、やっとの思いで脱出する、、、という話です。

 

しかし、、、

その後のカナンに至る道のりは平たんではありませんでした。

砂漠や荒野を何年もかけて越えて行く険しい道のりだったのです。

 

すると、どうでしょうか?

イスラエル民族は、口々にモーセに向かって不平不満を言うようになったのです。

「エジプトでは、奴隷であったけれどスイカでもきゅうりでも何でも食べられた」と、、、。

 

彼ら(イスラエル民族)は、自由というものに内在する厳しさに直面した時「自由を勝ち取る険しい道よりも、権力者に管理された安易な奴隷のほうがいい」と思ったのです。

 

この物語は、、、

過去にあったイスラエル民族の話では終わりません。

私たち一人一人に今も当てはまる現在進行形の話なのです。

 

カナンとは、地図にある地名を言っているだけではありません。

の国を象徴しています。

以外に誰からの支配も受けない、自由な世界の象徴です。

 

それに対してエジプトは、権力者)が人間を支配する世界の象徴です。

 

今私たちが住んでいるのはどこでしょうか?

カナンでしょうか?エジプトでしょうか?

 

言うまでもありません、エジプトです。

その証拠に、、、

私たちは金がなければ、生きられない仕組み(富による支配構造)の中にいます。

だからもし、あなたが、この構造の中から脱出しようとするならば、イスラエル民族が直面したような荒野の生活が待ち受けているということです。

 

モーセは、、、

カナンの地に入ることが出来ずに命が尽きました。

モーセに自立心と覚悟がなかったからではありません。

モーセに付き従った者たちに自立心と覚悟が足りなかったのです。

 

2000年前イエスキリストの時もそうでした。

エスキリストは、イスラエル民族を権力者の支配構造から解き放ち、誰からの支配も受けない自由な世界(神の国)へ連れ出そうとしました。

 

もし民衆が、イエスを支持して立ち上がっていたならば、、、イスラエル民族を支配する権力者(拝金主義者)の不当な支配構造は崩壊していたはずです。

しかし、、、

民衆は、イエスについて行きませんでした。

彼らは、権力者に媚びて生きる安易な道を選んだのです。

 

民意を失い孤立無援となったイエスキリストは十字架にかけられました。

権力者(拝金主義者)の手によって見せしめにされたのです。

 

その後も、、、

エスキリストの精神を受け継ぐ者は現れました。

しかし、、、

そういう正しい者たちもことごとく吊し上げられてきたのです。

 

いつの時代も、、、

自由を勝ち取るために険しい道を行こうとする者は少数でした。

ほとんどの人間が、権力者(拝金主義者)に媚びて生きる安易な道を選んだのです。

 

権力者(拝金主義者)が悪いと言えばその通りなのでしょう。

しかし、富の支配する世の中を、自ら望んだ民意こそが歴史の真犯人なのです。

 

その証拠に、、、

権力者(拝金主義者)は未だに裁かれたことがありません。

自由よりも富を望む民意(共犯者)に守られているからです。

 

今のアメリカの混乱も、、、

「神(カナン)と富(エジプト)どちらを望むのか?」

というのが問題の本質です。

 

権力者(拝金主義者)たちは当然、真実を叫ぶ者を吊し上げようとすることでしょう。

そして、過去にそうであったように、多くの人間は権力者(拝金主義者)に媚びる安易な道を選ぶに違いありません。

 

しかし、、、

モーセやイエスが示した険しい道を行く者もいるはずです。

 

歴史は、一人の聖人がなければ変わりません。

しかし、一人の聖人だけでも変わりません。

それに同調する正しい民意があってはじめて変わるのです。

 

このことは、歴史が証明しています。

私たちの自立心と覚悟が試されるときです。

グローバリストとは拝金主義者7

グローバリスト(マルクス主義者)とは拝金主義者


彼らの常套手段について話したいと思います。
 「グローバリストの常套手段について話します。」

               「えー太郎さん大丈夫???」



彼らは、自分の利益に反する者たちを権威を利用して攻撃します。

 

例えば、、、

姦淫の女を石打ちにする話し(ヨハネによる福音書第8章3〜11節)があります。

 

律法学者たちがイエスに向かってこう言います。

「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか?」

 

もちろん、、、

これはイエスキリストを嵌めるために言っています。

正義心から言っているわけではありません。

 

もし、、、

エスが「殺せと言えば」血も涙もない非情な人間だと言って宣伝すればよいし、

もし「殺すなと言えば」律法に反する人間として訴えればよい、、、という企みです。

 

つまり、、、

彼らは相手を貶めるための権威づけとして律法を利用しているということです。

彼らが本当に守るたいのは、律法ではなく自分の権益だけなのです。

 

これが、、、

今のグローバリスト(マルクス主義者)の源流と言えるようなものになっています。

 

ですから、、、

今の共産主義者の護憲運動も同じ理屈です。

憲法9条を守れ!」と言って護憲運動をするのは正義心からではなく、宣伝工作のためです。

彼らは憲法を自分の主張の権威づけのために上手く利用しているのです。

 

それで、、、、

憲法9条改正などと言おうものなら大変です。

軍国主義者のレッテルを貼り大声で非難します。

しかし、、、

彼らの目的は、護憲などではありません。

主権国家としての基本である自衛力を潰したいだけです。

これは、古くから受け継がれてきている彼らの常套手段なのです。

 

彼らが唯一、、、、守りたいものは、自分の権益です。

そのためには、国を売ることも平気なのです。

 

グローバリストとは拝金主義者6

金銭依存症の話をします。

今の大人は、お金をくれる人がいい人だと思っています。

           そう言われればそうかも!!!  

 

 

そのお金をくれる人が誰か?どんな人間か?は考えないのです。

 

同様に、、、、

学者は賢いと思っています。

それで何でも鵜呑みにします。

その学者が言うことが真実なのか?

どんな意図で言っているのか?

は考えないのです。 

 

政治家は立派な人間だと思っています。

自分が主権者だという自覚がないのです。 

 

マスコミは正しいと思っています。

自分で何も考えないのです。

 

 

これは戦後(西洋的ダブルスタンダード=拝金主義者)の骨抜き教育の結果です。

今の日本人は、自分で判断できない依存症人間ばかりになってしまってしまいました。

 

人間の依存心と人間支配は表裏一体

依存症の人間を自立させるのは大変難しいという話を聞きます 。

麻薬やアルコール、ギャンブルなど色々ありますが、一度はまってしまうとなかなか立ち直れないという話です。

 

しかし、人間にとって一番厄介な依存症は金銭依存症です。

「お金さえもらえればいい」

「言われることを鵜呑みにしてればいい」

「身の回りのこと(政治などのこと)は全部依存しておけばいい」

確かに、、、

そうしていた方が楽であることに違いはありません。

『真実』に向き合わなくて済むからです。

 

しかし、これには作られた仕組みがあることを知る必要があります。

 

麻薬の売人は、先ず麻薬に依存する人間から作ります。

麻薬依存者が増えれば増えるほど、、、儲かる仕組みがあるからです。

 

同様に、、、

彼らが金銭依存者を作り続ける裏には、そういう仕組みがあるということです。

 

グローバリストとは拝金主義者5

 

 グローバリストの源流と彼らの標的について話をします。」

「えーそんなこと言って大丈夫なの???」

 

グローバリストの源流

彼らの源流は、イエスキリストの「神か?富か?」の問いに最初から富を選択している者たちです。

従って、彼らにとって富(金と権力)が全てです。

人権とか自由平等という観念はありません。

そもそも、、、

神も認めない人間が、他人の自由や人権など認めるはずがないのです。

彼らにとって人間とは、自分の富を生み出す道具のことなのです。

 

では、彼らが何をしてきたのでしょうか?

また、何を目指しているのでしょうか?

 

彼らの行動原理は極めてシンプルです。 

そして、彼らの目指すものも明らかです。

 

 

このことを四つのキーワードで説明いたします。

奴隷(人身売買)

買収(魂の買収)

口封じ(真実の隠蔽)

人畜無害化(依存症工作)です。 

 

奴隷(人身売買)

カネのためならできないことはない。

これが、彼らの行動原理です

人間の命や人権よりも金が優先するのは言うまでもありません。

そして、それは昔も今も変わりません。

奴隷の売買で金儲けできるのならば、彼らにとってそれは正当な商売なのです。

 

買収(魂の買収)

民衆の知的(良識)レベルが上がってくると奴隷売買はさすがにできなくなりました。 

人権というものが民衆に広く認識されるようになったからです。

しかしこれは、人の目があるからしなくなっただけのことで、彼らの考え方が変ったわけではありません。

 

人の目に見えるところから、人目につかないところへと場所が変っただけのことです。

基本的に金で買えないものは何もない。

これが、彼らの考え方です。

 

近代になって民主主義という人権を保障する制度は出来ましたが、魂を金で売る人間はいくらでもいたのです。

実際の話として、、、

彼らのありあまる財力で、買えないものなどはなかったのでしょう。

選挙で票を買収することなどは、、、

彼らにとって造作もないことだったに違いありません。

学者を買収しウソの論文を書くことも、

マスコミを買収してプロパガンダを打つことも、

政治家を買収して自分の有利な法律を作ることも、

自分たちに有益な企業を買収することも、、、

何でも出来たのでしょう。

 

口封じ(真実の隠蔽)

しかし、、、

彼らには、たったひとつの難敵がありました。

不正を憎む正しい人間(神に仕える者たち)です。

なぜなら、、、

彼らは金になびきません。

権力にも媚びません。

脅しにも屈することはないのです。

そればかりか命をかけて真実を説き、世の不正を正し、彼ら(富に仕える者たち)の悪事を暴きます。

まさに、、、

ソクラテスやイエスキリストの真の自立精神を受け継ぐ者たちがいたのです。

そこで、、、

彼らがしたのは口封じです。

不都合な真実を隠蔽するためには、真実を暴く人間の口を封じる、、、

これが彼らのやり方です。 

 

歴史を見ると、、、

ソクラテスもイエスキリストも殺されました。

その精神を受け継いだ多くの信徒たちも殺されました。

不正を訴える義人たち、正論を説く学者たち、、

拝金主義者(グローバリスト)に従わない大統領も暗殺されました。

もちろんこれは、アメリカに限った話ではありません。 

日本でもそうです。

不都合な真実を語る多くの口が封じられました。

  

人畜無害化(依存症工作)  

彼らは、真実を発言する口を恐れます。

それは、民衆に真実が明らかになるのを恐れるからです。

彼らは、民衆が真実を知った時に自分たちがどうなるのかを知っているということです。

 

それで、、、、

彼らがしてきたのが人畜無害化(依存症工作)です。

つまり、、、

害のある人間を無害化(去勢)するということです。

害のある人間とは、自立した人間のことです。

自立した人間は、何が正しいのか何が真実か自分で判断するからです。

それで彼らは、自立心を潰し依存心を育てる教育をしました。

簡単に言えば、金銭依存症教育です。

全ての人間が、金を与えれば喜んで尻尾を振る人間になれば、、、

彼らの支配は安泰です。

彼らにとって、金で大人しくなる人間ほど扱いやすいものはないのです。

 

ターゲットはキリスト教精神と和の精神

それで、、、

彼らは、カネになびかない正しい自立精神全てを標的にしました。

宗教や健全な思想、愛国心などです。

中でも、、、最大のターゲットがキリスト教精神と日本の和の精神(大和魂)です。

 

まず第一のターゲットはキリスト教です。

エスキリストは「神(真実)を蔑ろにして富(カネ)に仕える者はサタンだ」と言っています。

拝金主義者がそのような宗教を放っておくはずがありません。

それで彼らは、キリスト教に巧妙に入り込み人畜無害化(依存症工作)をして行きました。

彼らは弁証法的詭弁を使って、キリスト教の本質である自立精神を潰し「信じる者は救われる」という依存型宗教に作り変えてしまいました。

そして、あろうことか、、、逆に神の名を使って金と権力を集めることを始めたのです。

「カネはサタンだ」と言っていたキリスト教が、いつの間にか無害化(去勢)され「金こそすべて」という物質依存症的ご利益宗教に変わっていったのです。

 

さらに彼らは、とどめを刺します。

キリスト教にとって代わる思想としてマルクス理論を作りました。

これは、神を完全否定した物質礼賛主義(拝金主義)です。

このようにグローバリスト勢力による人畜無害化工作は巧妙にしかも綿密に計画的に行われてきたのです。

 

 

そして、第二のターゲットになったのは日本です。

「強きをくじき弱きを助く」「武士は食わねど高楊枝」という言葉があらわすように、日本の(金や権力に動じない)清廉潔白な自立精神は、むしろキリスト教のそれに勝るものすらありました。

彼らは、この日本の精神を恐れたのです。

それで、彼らはGHQ を通して日本人に徹底的に人畜無害化(依存症)工作をしていったのです。

即ち反日教育よる和の精神の否定と物質(金)万能主義(金銭依存症)教育です。

よく言われる3 S (スクリーン、スポーツ、セックス)政策もその一環です。 

全ては、日本人の自立した精神を骨抜きにし、金銭依存症患者を量産するためです。

そして、、、

彼らの工作は見事成功しています。

今や、日本人は金と権力に媚びる人間ばかりです。

 

大和魂の気概を持つ吉田松陰山岡鉄舟のような人物は、すっかり見当たらなくなってしまいました。

 

グローバリストの目指すもの

グローバリストの目指すものは一つです。 

富を背景にしたピラミッド型ワンワールド支配です。

彼らの工作は長い歴史をかけて人類に着々と浸透してきました。 

果たして、、、

私たち人類はこのまま拝金主義者たちの支配下に落ちてしまうのでしょうか? 

 

歴史は、その方向に進んでいるように見えました、、、。

しかし、ここに来てどうも風向きが変わってきたように思われます。

アメリカの不正選挙による大混乱です。

これは、、、

グローバリスト(富に仕える者)に対して真の民主主義(神に仕える者)がNOと言って立ち上がったことを意味しています。

アメリカにおいて真のキリスト教精神はまだ死んでいなかったということです。

 

ということは、、、

どうなのでしょうか?

私たちの中にも真の大和魂(和の精神)はまだ生きている可能性があります。

 カネや権力にも屈しない日本の伝統精神が目を覚ました時には(真の民主主義を取り戻す)可能性はあるということです。

グローバリストとは拝金主義者4

 

アメリカ大統領選挙はどうなってるの? アメリカの混乱ってどうなってるの???

この混乱の本質は、、、、

一言でいうと神を信じる者とカネを信じる者の戦いです。

 

アメリカは、、、

トランプ対バイデン

共和党民主党

ナショナリズムグローバリズム

保守主義対リベラル

という形で国を二分しての対立状態にあります。

 

この対立の本質とは、、、

一言で言うと神なのか?富なのか? です。 

神というのは「真実、自由、平等、民主主義」を求める者であり、富とは「金と権力による覇権主義」を目指す者です。

 

これは、、、

2000年前イエスキリストが人類に向けて発した「神と富のどちらに仕えるのか?」の問いにに対して、人類が歴史的に下すファイナルアンサー 

というかたちになっています。

 

アメリカはその最終決戦の場

アメリカという国は、ピルグリム・ファーザーズに象徴される信仰の自由を求めて渡ってきた者たちと、ゴールドラッシュに象徴される富の獲得を求めて渡ってきた者たち(グローバリスト)の手によって作られました。

 

『神に仕える者』と『富に仕える者』が時には手を取り合い、時には対立し、時には妥協しながら世界一の大国に作り上げてきた、、、

それが今のアメリカなのです。

 

これまでは『自由民主主義』と言う旗印(建前)のもとで両者は共存しているかのように見えてきました。

 

しかし、所詮は水と油です。

どちらか一方を選択したならば、もう一方は否定せざるを得ない関係です。

エスキリストが言ったように両方に兼仕えることはできません。

人類は、今その運命の選択を迫られているのでしょう。

そしてアメリカは、その最終決戦の場となっているということです。

歴史的な分水嶺です。

人類が、富に仕える者(グローバリスト)の支配のもとに屈してしまうのか?

それとも、神に仕える者(真実を愛する者)がその権力の横暴を防いで真の自由平等民主を勝ち取るのか?です。

それが、私たち一人ひとりの選択にかかっています。

 

 

グローバリストとは拝金主義者グローバリスト3

 

 

西洋哲学ってよく分からないわ???

 

西洋哲学を一言で言うならば、、、

    拝金主義者が作り出した反理性の理論です。

               

 

彼らの言う理性とは何でしょうか?

まず物事を疑う。

そしてAと Bを分断し自分が上から判断するです。

つまり、、、

疑いと傲慢、、、これが彼らの本質です。

 

では本当の理性とは何でしょうか?

 

人は「人の物を取ってはいけない」とか「人を殺してはいけない」ということを理解します。

それが理性です。

これは、、、

人間が、目に見えない神の定めたルール(道理)を理解しているからこそできることです。

つまり、、、

理性とは、人知を超えた偉大なもの(神)を理解することです。

神を排除した人間中心の判断をすることが理性ではありません。

 

そう考えると、、、

彼らの言う理性が、人間の中にある本当の理性を否定するための道具として使われているということが分かります。



では?

なぜそのようなことをするのでしょうか?

理由は簡単です。

彼らが、富に仕える者(拝金主義者)だからです。

 

その目的は、神を恐れる者、、、

つまり、真の理性ある人間をなくすことです。

 

拝金主義者たちは、神を恐れる真の理性人を憎みます。

彼らが、権力や金になびくことがないからです。

 

そのために、、、

彼らは弁証法を用いて真の理性を巧妙に壊してきたのです。

そのことは歴史にはっきりと残っています。

 

西洋のグローバリズム歴史観を簡単にまとめてみます。 

 

彼らは、キリスト教会の中に入り込み神学論争を起こしました。

神の領域に彼らの弁証法(疑いと傲慢)持ち込んだのです。

彼らは、神に対し人間的解釈(神の上に立つ)を加え定義づけをするようになったのです。

神を信じる者たちの間に分断、対立、闘争、混乱が生じます。

民衆の中に神に対する疑い(理性の混乱)が生じます。

 

そこに啓蒙思想が起こります。

彼らは、理性こそが人類を救うと言い出します。

民衆は納得します。

教会指導者や国王の言うことがあまりにも非理性的だったからです。

 

しかし、、、

この理性が問題でした。

富に使える者(グローバリスト)が、人間の中にある本当の理性(神への畏敬の念)を取り除くために作り出したダブルスタンダード理論だったからです。

 

彼らは、言葉巧みに「曖昧なものを排除する」と言いながら、人間の中の真の信仰心、正しい理解力、人知を超えるものへの畏敬心などを潰して行ったのです。

 

そして最後に行き着いたところが、神の存在を完全に否定した唯物弁証法の完成です。

マルクス理論です。

 

ここにおいて、完全なる理性のすり替えが行われました。

理性という言葉が、神様を完全否定した人間の傲慢性100%の彼ら(拝金主義者)の理屈、、、

つまり「神の仏も信じない、金のためにどんなことをしても良心の咎めを受けない」、、、を意味するもの変わってしまったのです。

 

 

そして、、、

西洋的ダブルスタンダードグローバリズム)の流れは、世界に広がり今に至っています。

その流れを汲んだ人間が、何をしているのでしょうか?

 

理性も正義も真実もお構いなしで、自分の利権のために世の中を混乱させています。 

このことが、西洋的哲学が人間の理性を破壊するものであったことを証明しています。

 

彼らの正体は、単なる拝金主義者なのです。